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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)15号 判決

原告 中村吉郎

被告 日本弁護士連合会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  京都弁護士会が昭和五〇年一〇月二七日原告に対し行つた懲戒について、原告が被告になした審査請求に対して、被告がした同五一年九月二〇日付の裁決を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)1  原告は、京都弁護士会所属の弁護士であるところ、同弁護士会は昭和五〇年一〇月二七日原告を業務停止一年に処するとの懲戒(以下「本件原処分」という。)を云渡した。

2  右処分の理由は、原告には別紙「認定事実」記載のごとき所為があり、右所為は弁護士としての品位を失うべき非行に該当し、かつ、それがために原告は京都弁護士会の信用を害したものである(弁護士法五六条一項)というにある。

3  原告は本件原処分を不服として被告に対し審査請求の申立をしたところ、被告は原告に対し、昭和五一年九月二〇日右審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をなした。

(二)  しかしながら、本件裁決には以下の如き違法があつて取り消されるべきである。

1 行政不服審査法四一条一項によれば、審査庁は理由を附して裁決しなければならない。しかるに被告は、原告が右被告に対する審査請求にあたり本件原処分について不服の理由としてるる詳細かつ具体的に主張した点について十分に答えることをせず、またその認定、判断をするについて十分な根拠を示していないから、本件裁決は理由の附記のないのに等しく、右法条に違反するものとして取り消されるべきである。

2 原告は右審査請求において後記3記載の如く京都弁護士会における本件原処分手続(以下「本件懲戒手続」という。)の不公正を主張し、右処分の取消を求めたが、被告は懲戒手続における瑕疵は懲戒処分の違法事由たりえないとの誤つた判断のもとに原告の右主張を失当として排斥したが右判断が誤りであることはいうまでもなく、この点からも本件裁決は取消を免れない。(なお、以下に単に、「綱紀委員会」、「懲戒委員会」というときは京都弁護士会における右各委員会を示し、右綱紀委員会における調査手続を「本件調査手続」といい、右懲戒委員会における審査手続を「本件審査手続」ということにする。)

(三)  本件原処分には以下の如き違法があり、従つて右処分についての審査請求につき右請求を排斥して右処分を正当とした本件裁決は違法であつて取り消されるべきである。

3 綱紀委員会は昭和四九年九月一八日調査の結果として、原告を懲戒に付することを相当とする旨の議決をなし、その旨弁護士会に報告をした。しかし右調査及び議決には左記の如き公正を害し、治癒しえない違法な瑕疵があり無効である。従つて右調査手続に基づいてなされた本件原処分は違法である。

綱紀委員会は委員長石山豊太郎、委員前堀政幸らによつて構成され、原告に対する本件懲戒申立事件についての調査は右石山、前堀が主査(小委員会の委員)としてその任に当つたものであるが、右石山は本件調査の過程において、株式会社厚生会を甲とし、原告を乙とし、「乙は甲が請求する金二〇〇万円に対しすでに返還していたと主張していたが、乙が錯誤であつたので本日甲に対して請求通り金二〇〇万円を支払う。」旨を内容とする右甲、乙両名の署名押印のある昭和四九年七月八日付の示談書なるものは存在しないのにかかわらず、殊更右文書の存在を仮装して、「右原本を正写しました、弁護士石山豊太郎」という写し文言を添書した示談書写しを作成し、右文書を懲戒事由認定の証拠資料(下坊事件甲第一九号)として本件調査結果報告に添付し、また前記委員前堀政幸は、下坊関係事件の主査としてその調査を担当とし、その結果報告を「意見陳述書」という表題の文書にして綱紀委員会に提出したものであるが、右意見陳述書は殊更原告を懲戒処分に付さんがため確たる根拠がないのにもかかわらず、予断と偏見をもつて一方的かつ主観的な意見を列記して作成したものである。

綱紀委員会の委員長及び委員は弁護士法(七一条、五四条二項)によつて公務に従事する職員とされており、職務の遂行についてはいささかも公正さを疑われるようなことがあつてはならないのにもかかわらず、右石山及び前堀は右の如き所為からみて職務の公正を保持しえないものであり、右の如き委員を構成員としてなした本件調査及び議決は無効たるを免れない。

4 綱紀委員会の調査の結果に基づく京都弁護士会の審査請求を承けて懲戒委員会の懲戒審査手続が開始されたが、右綱紀委員会の調査手続に前項記載の如き不公正のあることが判明したので、その時点で原告は綱紀委員会に対し昭和五〇年三月二九日再調査の申立をなし(併せて前記綱紀委員長石山豊太郎、同委員前堀政幸につき忌避の申立をした。)、同時に懲戒委員会に対し、右再調査の結果が判明するまで審査手続を中止することの申立をしたが、懲戒委員会は違法にも右手続を続行し(綱紀委員会においては違法にも右忌避申立を審議しない旨を議決した。)、懲戒処分相当の議決をした。従つて右違法な懲戒委員会の議決を承けた本件原処分も違法で取消されるべきである。

5 懲戒委員会の審査手続において、右3項記載の如き綱紀委員会による証拠資料収集手続に違法があることが判明したのであるから、懲戒委員会は違法な手続によつて作成された前記「示談書写し」なる文書について証拠排除をなすべきであつたのに、これをしないまま手続をすすめる違法を犯した。よつて右違法手続を受けてなされた本件原処分はこれまた違法である。

6 弁護士に対する懲戒のための審査手続は刑事訴訟手続に準ずるから(京都弁護士会が右のように理解し、右手続を進めたことは、京都弁護士会において、懲戒審査に付された弁護士は懲戒委員会において弁護人を選任することができる旨の委員会規程(二〇条一項)を設け、また本件懲戒審査手続において懲戒審査請求事実を表現するに「訴因」なる用語を用いていることからしても、明らかである。)、弁護士の資格を有する者であればその所属弁護士会の如何を問わず弁護人に依頼することができるというべきであり(憲法三七条三項)、弁護士会には、弁護人は当該弁護士会所属の弁護士でなければならないと制限する権能はなく、仮に右の如き制限規程を設けたとしても、右憲法の法条に違反し無効である。

原告は本件審査手続において昭和四九年一〇月三日大阪弁護士会所属弁護士中村愈を弁護人に選任したのであるが、本件懲戒委員会は、弁護人となる者は京都弁護士会所属の弁護士に限る旨制限している前記委員会規程二〇条二項に牴触することを理由として右選任を認めず、右選任の撤回方を強く迫つたため、原告は昭和四九年一一月はじめ右選任を撤回することを余儀なくされるに至り、翌五〇年三月一四日右中村愈が大阪弁護士会から京都弁護士会に登録換をしたうえで同月二九日再度弁護人に選任されるまでの間、原告は同弁護士による弁護権、防禦権の行使を受けることができず、右弁護権等を侵奪される結果となつた。右の如く弁護人による十分な弁護権等を付与することがないまま遂行された本件審査手続には治癒しがたい重大な瑕疵があるというべく、右手続を前提としてなされた懲戒委員会の懲戒相当の議決は違法であり、従つて右議決に基づく本件原処分は違法として取消されるべきである。

なお京都弁護士会は本件原処分後の昭和五一年二月二八日懲戒手続規程を改定し、その際前記所属弁護士会の制限規定を撤廃したが、このこと自体をもつてしても京都弁護士会自らが右制限規定が憲法に違反し無効であることを認めていた証左である。

7 前記のとおり懲戒委員会における審査手続は刑事訴訟手続と同一の性質を有するから、同委員会の審査は、弁護士会が審査請求に付した懲戒事由(訴因)に限定されるべきである(不告不理の原則)。本件において弁護士会が右委員会に対し審査の請求をした右事由は綱紀委員会の昭和四九年九月一九日付報告書に記載された事項(ただし同報告書は前記担当委員前堀政幸作成の意見陳述書及び同石山豊太郎作成の報告書記載の各内容をそのまま引用している。)である。しかるに本件審査手続は右付審査請求書面とは別個に京都弁護士会会長小林昭が独自に作成した「中村吉郎弁護士に対する懲戒審査請求事案」なる文書に記載された懲戒事由に基いて審査がなされ、右と同一内容の事由が認定され、同委員会の懲戒相当の議決の内容となつているのであつて、右審査手続は不告不理の原則に違反していること明らかである。従つて右議決は違法であり、これを承けてなされた本件原処分も違法である。

8 懲戒事由があつたとしてもその事由があつたときから三年を経過したときは懲戒の手続を開始することは許されない(弁護士法六四条)。本件下坊事件及び藤井事件は本件原処分によつて認定されたとおりであるとしても、右認定事実自体に徴して右三年の除斥期間を経過していること明らかである。しかるに京都弁護士会は右法条に違反して右両事件について懲戒手続を開始して本件原処分をなすに至つたものであるから違法であり取消されるべきである。

9 原告には京都弁護士会によつて懲戒に付せられるべき非行はない。特に右弁護士会が懲戒事由として認定した事実のうち、下坊熊治の申立にかかる事件は全くの虚偽であつて、原告は下坊に対し昭和四四年七月初旬ごろ丹羽和夫から取立てた約束手形金二〇〇万円を引渡しているのである。また足立成子の申立にかかる事件については、たしかに同人からの依頼の訴訟手続につき原告に懈怠があつたことは認めるが、結果として右懈怠によつて右申立人は法外の利益を得ることとなつたから、もはや原告には非行はない。そしてまた藤井三男申立にかかる事件は、原告の努力にかかわらず、登記権利者たる藤井利夫(申立人藤井三男の妻の弟)の非協力がもたらしたものであるから、原告が非難されるのは不当である。

10 仮に原告に非行と目される所為があるとしても、下坊事件については綱紀委員会の調査中である昭和四九年七月八日ごろ、原告が下坊熊治に対し金二〇〇万円を支払うなどして示談が成立し、藤井事件については懲戒委員会の付審査後である同年一〇月二八日ごろ藤井三男に対して預り金を精算して残金を支払い、預り書類を返還したことで解決し、足立事件については同年一〇月三一日足立成子に対し金一〇〇万円を預託するなどした和解が成立し、同女が原告を宥恕しているのであつて、以上の事情があるにもかかわらず敢えて業務停止一年の懲戒処分をすることは酷に失し、弁護士会に付与された懲戒権の行使としては著しくその裁量の範囲を逸脱したもので違法である。

(四)  よつて原告は本件裁決の取消しを求めるため本訴請求に及ぶ。

(五)  なお原告は、審査請求に対する裁決機関である被告に対し、本件審査請求とともに行政不服審査法により本件原処分の執行停止を申立てたが、被告は理由がないとして右申立を却下したため、右処分は原告に対する告知後一年の経過によりその効力は消滅するに至つたものであるが、右効力の消滅によつて違法な本件裁決の取消を求める法律上の利益は失われるものではない。凡そ国民が制裁的処分について期間経過による効果の消滅後もその取消を求めるのは人間としての名誉、信用の社会的回復を目的とするものであり、そのような救済のためには損害賠償請求もあり得ようが、過去の制裁的処分が誤つているとする有権的判断を求めることこそ有効且つ適切なものである。しかも弁護士の使命及び職責からする人格的評価の維持は実定法上の要請(弁護士法一条、二条参照)であるから、本件の様に、弁護士である原告が誤つた懲戒処分によつて損われた名誉、信用の社会的回復を取消訴訟によつて求めるのはもつともなところであつて、行訴法九条の法律上の利益ある場合に当ること明らかであり、執行停止の申立も却下された本件の如き場合、期間経過の理由で訴の利益なしとするならば、行訴法九条が保障する取消訴訟は何ら保障の実効はなきに帰する点からしても、基本的人権尊重の憲法の趣旨に違反するものといわねばならない。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の各事実は認める。

(二)  同(二)及び(三)はすべて争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因(一)の各事実は当事者間に争いがない。

しかして成立に争いのない乙第一六三、第一六七号、第二〇〇ないし二〇二号証の各一、二、第二〇三、第二〇四号証及び弁論の全趣旨によると、原告は本件懲戒手続において弁護士中坊忠治及び中村愈を弁護人に選任したこと、京都弁護士会は昭和五〇年一〇月二〇日、原告及び右両弁護人に対し、原告に対する懲戒事件について、昭和五〇年一〇月二七日正午京都弁護士会役員室において云渡す旨の云渡期日の通知をなし、右通知は内容証明郵便によつていずれも翌二一日到達したこと、同年一〇月二七日正午京都弁護士会役員室において前記弁護人中坊忠治、同中村愈出頭のもとに同弁護士会長酒見哲郎は懲戒書(乙第二〇三号証)に基づき主文を朗読し、理由の要旨を告げ、原告に対する本件原処分の云渡をなしたことが認められる。右認定事実によれば、本件原処分は、昭和五〇年一〇月二七日原告に対し適式に告知されたものというべきである。

ところで弁護士に対する懲戒の処分は広い意味での行政処分に属し、従つて右処分は当該弁護士に告知された時にその効力を生ずるものと解するのを相当とする(最高裁大法廷昭和四二年九月二七日判決、民集二一巻七号一九五五頁)ところ、本件原処分は執行停止の措置がとられることがないまま原処分における業務停止の期間は昭和五一年一〇月二七日の経過をもつて満了し、右経過により原処分の法的効果は存在しなくなつたことは原告自ら認めるところである。

そうだとすれば昭和五一年一〇月二八日以降原告が本件原処分を理由として弁護士法上不利益を受けるおそれはなくなり、また本件原処分を理由として他に原告を不利益に取扱いうることを認めた法令の規定はないから(京都弁護士会あるいは被告において、過去に業務停止の懲戒を受けたことのある弁護士がそのこと自体によつて弁護士会における各種役員あるいは委員の選挙、選任等における選挙(任)権、被選挙(任)権につきなんらかの制限を受ける旨の規則、規程を制定している事実も発見しえない。)、右期間経過後においては、行政事件訴訟法九条の規定の適用上、原告は本件原処分及び本件裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益はもはや有しないというべきである(最高裁判所昭和五三年(行ツ)第一七〇号、同五五年一月二五日第二小法廷判決、同昭和五三年(行ツ)第三二号、同第三三号、同五五年一一月二五日第三小法廷判決参照)。弁護士の使命、職責の故をもつて、名誉、信用の社会的回復を目的とする本訴について前記の法律上の利益があるものと、解することはできず、右目的のためには損害賠償請求の方途の存することからして、この点に関するその余の原告主張も採用し難い。

二  よつて、原告の本件訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用は、敗訴の当事者に負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 田中永司 安部剛 岩井康倶)

〔認定事実〕

(一) 下坊熊治申告事件

被審査弁護士(原告を指す、以下同じ)は、下坊熊治から、昭和四四年五月二二日ごろ丹羽和夫振出、額面金弐百万円、支払期日昭和四四年五月二二日の約束手形一通の手形金取立等の委任を受け、これを受任し、右振出人から、同年六月二六日、右手形金弐百万円をまた、その旬日後に、遅延損害金壱万七千五百円をそれぞれ受領しながら、昭和四九年七月八日ごろ、下坊熊治との示談により金弐百万円を同人に引渡すまでの間、左記事実のとおり虚偽の事実を告げるなどして右取立て受領金の引渡しをしなかつたものである。

(1) 約束手形金受領後、昭和四六年六、七月ごろまで、下坊熊治の問合せに対し、「訴訟中である」とか、「仮差押物件を調査せよ」などと申し向けて下坊熊治を欺き、手形金受領の通知並びにその引渡しをなさず、

(2) 昭和四六年九月ごろ、下坊熊治の依頼により、前記手形金の支払者である丹羽和夫が、先に支払つた金員をいまだ下坊熊治に引渡していない理由をただしたのに対し、「丹羽が支払保証している佐藤勇に対する貸金の支払いを受けるまでは、代理受領した金員を下坊熊治に引渡さない」旨述べて右金員の引渡しを拒否し、

(3) 昭和四七年春ごろ、下坊熊治から相談を受けた当会々員山崎一雄弁護士が、前記受領金員を下坊熊治に引渡すよう勧告したところ、「証拠があるか」と反問し、同会員から、被審査弁護士自身の作成した前記丹羽に対する手形金弐百万円の領収書の写しを見せられるや、ようやく受領の事実は認めたものの、「謝金などの関係で引渡すわけにはいかない」旨応答し、更に、同会員から、謝金等を精算して受領金を下坊熊治に引渡し、円満解決するよう忠告せられたにもかかわらず、これを無視して精算引渡しをなさず、

(4) また、そのころから同年七月一一日までの間、数回にわたり、下坊熊治の代理人として、右金員引渡しの交渉に当たつた株式会社京都厚生会(代表取締役下坊熊治)の総務部長目方正三に対しても、

(イ) 「日時は覚えないが、昭和四四年六月末ごろか七月ごろ前記京都厚生会の本社応接室において、前記取立て受領金弐百万円と遅延損害金(利息)壱万七千五百円は、これを下坊熊治に引渡し済みであり、その際謝金拾万円を下坊熊治から受領した」旨言い逃れをなしたのみではなく、下坊熊治作成の領収書の存否をただされると、「下坊との間柄は親しいので、弐百万円の引渡しについても謝金の領収についても、相互に領収書を出していない、下坊の方で領収書のないことを盾にとつて、弐百万円引渡しの事実を否定するのであれば、自分の方で弐百万円支払つてもよい」といい、更に、「自分がこれまで解決に助力した下坊熊治の過去の私行についても、他に口外する」旨ほのめかし、

(ロ) その間、目方正三をして、謝金支払の事実その他関連する事実につき無駄な調査を繰り返しなさしめ、

(ハ) 最終の昭和四七年七月一一日には、下坊に引渡すよう目方から請求せられたのに対し、「既に下坊に引渡し済みである」旨主張して取立て受領金の引渡しを拒否し、

(5) 昭和四八年六月一八日、下坊熊治から京都弁護士会に対し紛議調停の申立てがあつたにもかかわらず、被審査弁護士は、その機会に紛議を円満に解決する努力をなさず、かえつて引渡し済みであるとの従前の主張を固執して、調停を不調に終らしめ、

(6) 昭和四九年六月一七日、下坊熊治から、遂に業務上横領の罪により、京都地方検察庁検察官に告訴せられるや、逆に下坊熊治を、恐喝未遂、名誉毀損、誣告の罪により、同検察官に告訴しながら、同年七月八日、下坊熊治と示談して金弐百万円をようやく同人に引渡し、その支払を了したものである。

(二) 足立成子申告事件

被審査弁護士は、昭和四三年七月ごろ、足立(旧姓白屋)成子から、同人が昭和四二年一二月二五日京都市右京区梅津西浦町バス停で高尾孝治の運転するバイクにはねられて骨盤骨折等の傷害を被つた交通事故につき、右高尾に対する損害賠償請求訴訟の委任を受け、これを受任して着手金四万円を受領しながら、

(1) 受任後長期間事件処理を放置し、三年の消滅時効完成の寸前まで訴の提起をなさず、

(2) その間、訴を提起していないにかかわらず、足立成子に対し、訴訟は進行している旨虚偽の報告をし、

(3) その後二回にわたり、訴を提起したが、いずれも訴訟を休止満了せしめ(京都地方裁判所昭和四五年(ワ)第一七一九号同四七年(ワ)第六四九号)、

(4) 更に、第三回目の訴を提起しながら、その口頭弁論期日に出頭せず、昭和四九年四月四日請求棄却の判決を受け(同昭和四八年(ワ)第六二二号)、

(5) 右三回の提起及びその後の控訴に用いた足立成子の委任状は当初分を除き、いずれも真正な委任状を使用していないものである。

(三) 藤井三男申告事件

被審査弁護士は、藤井兵治郎(昭和四四年八月二八日死亡)から、その生前、同人が山本信夫から買受け、所有権移転の仮登記のみ了していた京都市上京区元誓願寺通千本東入四丁目四一三番地上の家屋及びその敷地(借家で賃借人深見新蔵)につき、長男藤井利夫に所有権移転本登記をなすことの相談を受けていたものであるところ、昭和四四年一二月二九日、右利夫の姉藤井公子の夫藤井三男から、登記手続費用として金弐拾七万五千円を受取り、その内金八万弐千円は売主山本に対する家賃等の立替金に充当し、昭和四五年三月三一日、藤井利夫のため、かねて右山本から受領していた委任状並びに印鑑証明書等を添えて京都地方法務局に所有権移転仮登記等の申請をなしたが、手続不備のため受理されず、これを取下げ、申請書に登録税としてちよう付した印紙額四万九千弐百円と共に申請書類の返付を受けたのに、そのままこれを放置し、委任事務を処理せず、ようやく当委員会の審査開始後の昭和四九年一〇月二八日ごろに至つて、示談により前記預り金員の精算と預り書類の返還をなしたものである。

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